二月六日(木)戊申(旧十二月七日) 晴れのち曇天、北風強くとても寒い 

今日は、「中仙道を歩く十二 松井田宿~坂本宿」を書き続けました。少し時間の余裕があると思つてゐるもんですから、怠け癖が出てしまつたやうなのです。さういへば一週間ぶりになります。

写真を見ながら、目の前に浮かぶ情景を追ひます。すると自然と言葉が湧き出してくるんです。レポーターではありませんが、或は自分の記録として、あとは、目の前に出現するありさまを書き綴るだけなんです。

松井田宿を過ぎ、五料茶屋本陣まで書くことが出来ました。歩いてゐるときには、何も思ひ浮かばなくて、今回は、『写真集』にして済ましてしまはうとさへ思つたのですが、さうもいきません。幸ひ、言葉が途切れることもなく、前進できさうです。

 

このやうに、やりかけ、読みかけが多いといふのに、先日から、新たに「狂歌」について読み始めてしまひました。面白いのです。これは、現実生活や歴史とどう向ひあふかといふことにも通じてゐる、案外に大きなテーマではないかと推察してゐます。

実は、先日、古典文庫の『秋成狂歌集(萬葉體狂歌集)』、それに、『新撰狂句 川柳五百題』とともに『柳たる 百拾七へん 全』といふ、和本を手に入れたからでもあるのです。ぼくは、どちらかといふと、狂歌を調べたいからその関係本を探すといふより、古書店で目につくたびに入手した本がたまつたその結果、調べてみようかと興味がわいてくるといふ読書の仕方をしてきたやうに思ひます。これは、微妙ですが、まつたく勉強の方向が違ふと思ふのです。大袈裟に言ふと、何かに導かれてゐるのではないかと思ふこともままあります。だつて、くづし字の本を読みたいと思はなければ、そして、狂歌や川柳の和本が目にもとまらず、入手もしなければ、おそらくぼくの新しい冒険ははじまらなかつたからです。実は、そんな冒険を待つてゐる本がたくさん積まれてゐるのです。困つたもんです。

 

 今日の「東京新聞」! 「和宮の直筆哀訴状」が発見されたといふのです。ぼくも調べてゐて、和宮さんが官軍に、江戸攻撃延期を求める「哀訴状」を書かれたといふことを読んだことがありました。でも、直筆状云々については考へもおよびませんでした。が、このやうな「文書」が見つかつたとなると、また興味がむくむくと湧いてきますね。

 それにしても、その筆跡、女性が書いたとは思へない大胆な筆使ひのやうにお見受けいたします。新聞にも書かれてゐるやうに、「和宮の切迫した気持ちが伝わ」つてきます。

 

今日の写真:新聞切り抜き。今日のラム。夜の散歩後、あとは寝るだけ。和本など三種。