五月十日(土)辛巳(旧四月十二日) 晴れ

今朝量りましたら、体重が、六一・八キロでした。手術前に比べると二キロ減つたことになります。でも、このくらいがぼくにとつては最適なのではないかと思ひます。心臓に負担がかかり、不整脈が頻発したのも、運動し過ぎたといふよりは、体重がだいぶ関係があつたと思はれるからです。それと、水分ね。心臓は水分を溜めこむととても重荷になるので、適度に利尿剤で排出させることがだいじなんです。

 

ところで、毎日自分勝手な振る舞ひをしてゐたのでは、ぼくの存在が忘れられていく恐れがあります。「居ても居なくても同じですから」、なんて言はれると、ドキッとしてしまひます。不整脈が再発してはたいへんです。

幸ひ、母が、庭のもみぢの枝をはらつてほしいといふのを聞きつけましたので、今朝は、剪定ばさみを出してきて、日差しが通るやうに、すつきりと剪定いたしました。ついでに、蔦のからまつた塀も剪定し、これで存在感はかなり示し得たはづであります。もちろん、お小遣をせびつたりはしませんでした。

 

ですから、今日は、四月の手術後はじめてになりますが、東京古書会館へ行く気になつて出かけました。一応、まだ体力回復強化散歩の継続中ですので、ただ古本屋めぐりといふわけにはいきません。どこをどう歩いたら体力回復強化散歩になるか、考へました。

古書会館までは、いつものやうに、妻に千代田線綾瀬駅まで車で送つてもらひ、新御茶ノ水駅のB3出口から地上に出て、本郷通りと直角に交はる通りを、明大通りに向けて歩きます。この道には、いくつもの食べもの屋さんがあつて、昼時ともなると、サラリーマンやら学生やらでにぎやかになるんです。それと、途中に、とてもみごとなクスノキがあるんですが、その角に、“太田姫稲荷神社”が坐すのです。それが、今日はお祭りなのか、たくさんの人が出てゐます。

さうだ、この神社の向ひには、かつて大田南畝の屋敷があつたんです。星川清司著『入相の鐘』によると、「駿河台淡路坂上にある此家は、・・小石川金剛寺坂の家から移居してきた拝領屋敷で二階建てだった。」といふんですが、現在は高層ビルが建ちならび、その面影はまるでありません。ただ、大田南畝さんも、この神社に詣でたのかなと思ひをめぐらせてみました。

 

東京古書会館、ここは、住所は神田小川町三丁目なんですが、駿河台下の交差点にも近く、古書店街(神保町)に含めてもいいものか、或は御茶ノ水なのか、いつも迷つてしまひます。神田の、でいいのか、神保町のと呼んでいいのかですね。そんなことどうでもいいんですけどね、文字で書くとなると、曖昧ではすまされないのが辛いところです。神田の古書会館といふことにしておきませう。

昨日と今日は「愛書会」の即売展です。一時間半も費やしてしまひました。見るべきもの多々ありでした。まづ、長野県文化財保護協会編『中山道信濃二六宿』です。これは掘り出し物でした。実に詳しく各宿場の説明と地図と写真も豊富なんです。すぐ役立ちます。それと、飯倉晴武『古文書入門ハンドブック』、五来重『石の宗教』、金森敦子『道祖神』。さらに、「芭蕉の生涯における唯一の著述」とされる、『貝おほひ』を購入。だつて、大正十五年出版の汚れ本でしたが、この時を逃したら悔いがのこると判断したからです。

神保町の古本屋街は目の前なのに、今日だけは、後ろ髪を引かれる思ひを断ち切つて、御茶ノ水駅に向ひました。体力回復強化散歩ですからね。ところで、この明大通り、楽器屋さんが多いんです。楽器街とでも呼べさうです。電車には乗りません。駅に出たら、駅沿ひに、聖橋方向へまがります。この辺も食べもの屋さんがひしめいてゐて、昼時なもんでたいへんな人。ぼくは、その中の一軒、間口一間もないやうな寿司屋に入りました。以前にも何度か入つたことがあり、安心して美味しい上にぎりをいただきました。

その隣に、一軒ぽつんと三進堂書店さんがあります。そこで、萩原延壽著『旅立ち 遠い崖 アーネスト・サトウ日記抄1』(朝日文庫)を見つけたんです。全十四巻、まとめて購入するには勇気がいつたので、まづは一巻を読んでみようと思つてゐたんですが、なかなか一冊、しかも第一巻だけを買ふことができなかつたのです。しめたもんです。三五〇円でした。

 

考へてみたら、聖橋を渡ることはめつたにありませんでした。ここからが、強化散歩です。聖橋の向ひには、中央・総武線、神田川、地下鉄丸ノ内線を隔てて、木々におほはれた湯島聖堂が眺められます。暖かい昼下がり、訪れる人も多く見られます。ここでは、「漢文検定」などといふものをやつてゐるんですね!

裏に回ると、すぐそこが、神田明神です。中仙道を歩くの第一回目のとき、この前を通りました。境内では、ここもお祭りなんでせうか、笛や太鼓が鳴らされて、多くの人で賑つてゐます。結婚式が行はれたんでせう、羽織袴の、よく見ると若い外人さんがにこにこしてゐました。午後一時三〇分、三六〇〇歩でした。

ここも裏に回り、長い石段を下りますと蔵前橋通りに出ます。その左手の交差点が清水坂下で、こんどは、その坂を上ります。途中の、三組坂上交差点からは、こんどは下り、湯島天神まで一直線です。このやうに、下つたり上つたり下つたりで、これこそ碓氷峠越えのためには、申し分のないトレーニングと言ひたいですね。

湯島天神は、以前にも来ましたが、いつも人がいつぱいです。やはり人気があるんでせう。男坂への下り口に、「講談高座発祥の地」なる石碑を見つけました。

さあ、京成上野駅まであとわづかです。不忍池に突き当たり、何やら聞くに堪へない音楽と喚声の混じつた騒音の元凶の水上音楽堂の脇を、その下を掻ひ潜るやうに急ぎました。京成上野駅には午後二時三〇分到着。そして、我が家には、三時ちやうど、七〇五〇歩でした。

歩いた歩数はのびませんでしたが、起伏のある道をしつかりとたどることができました。体力回復強化散歩としては、良しとしませうか。

 

今日の写真:剪定後の庭のもみぢ。太田姫稲荷神社。御茶ノ水楽器街。寿司屋。聖橋から見た湯島聖堂。湯島聖堂の“入徳門”。神田明神。清水坂。湯島天神。それと、本日求めた本三冊。