六月廿四日(金)丁丑(舊五月廿日 曇りのち小雨

 

今日の讀書・・新しい明るい書齋の畳に寢轉んで讀書三昧。いやあ、幸せな一日でした。靑畳のかをりはいいものです。 

そこでまづ、讀みかけの、石川九楊著『ひらがなの美学』(新潮社とんぼの本)を讀み上げました。時間がかかつたのは、美しいかな文字の寫眞を見ながら、またそのくづし字を解讀しながら樂しんでゐたからで、氣がついたら二ヶ月近くたつてしまひました。後半の、小松英雄先生との「ひらがな対談」では、久しぶりに小松先生のお話を學ぶことができました。

 

すると、ちやうどそこに、昨日アマゾンに注文した、雜誌『世界7月号』と水上勉著『説経節を読む』(岩波現代文庫)が屆いたのです。昨日の今日ですから、まあ、便利でありがたいと言ふしかありません。 

ですから、すぐ讀みました。『世界7月号』の 「対談 九条 もう一つの謎 『憲法の無意識』の底流を巡って」 です。對談者は、柄谷行人さんと大澤真幸さんです。 

これは、實は、先輩の服部さんが、先日メールで友人知人の皆さんに〈大事なお知らせ!〉をお送りしたご返事をくださり、そのなかで薦めてくださつたものだつたからです。圖書館でもすぐには讀めず、TSUTAYAでは「禁書」扱ひの本なのであります。それで、アマゾンに直接注文したといふわけなのでありました。

 

さて、その對談の内容ですが、九条に關して、このやうな意見といふか考へを讀んだのははじめてでした。意表を突く内容でした。柄谷行人さんが、『憲法の無意識』(岩波新書)を四月に出したのも知りませんでしたが、それを補足するやうな話の展開で、ぼくにはまつたく目新しいことばかり。ただ、著者が、フロイトの理論にヒントを得た云々については省きました。 

以下、おもに柄谷さんのお話です。

 

まづ、「戦後の日本人は、ドイツ人に比べて第二次世界大戦に対する歴史的な反省が欠けているとよく言われます。・・戦後日本の憲法九条は、そうした意識的反省によって生まれたものでもありません。・・(なのに)なぜ憲法九条が他ならぬ日本で実現されたのか」。 

それは、「戦後日本の占領軍の中には、・・アメリカにないもの、つまりアメリカン・ユートピアを日本で実現しようと人びとがいた。憲法九条もその一つです。・・それはアメリカが勝って日本が負けたからです。憲法九条は敗戦によってしか実現されなかったのです」。

 

ここからが讀みどころです──。 

「ある意味で、德川体制は、秀吉の朝鮮侵略を頂点とする、四〇〇年もの戦乱の時代を経て築かれたものです。つまり、「戦後」の国政です。それは二五〇年も続いた。明治以後、再び戦乱の世となったのですが、わずか七〇年で再び「戦後」になった。その意味で、第二次世界大戦後に德川体制にもどったのです。そう見ると、憲法九条が他ならぬ日本で定着した過程が明らかになります」。 

「明治以後、富国強兵のために狂乱してきた日本人が、それに挫折したあと見いだしたもの、それが德川の『文化』であった・・。人びとが憲法九条を抵抗なく受け入れたのは、その状態がすでになじみのあるものだったからではないか。つまり、憲法九条は戦後に生まれたものであり、また世界史的な理念にもとづくものなのですが、それが他ならぬ日本に定着したのは・・それは德川の『文化』の回帰であった、といっていい・・」。 

德川幕府の体制をふりかえると、「それを特徴づけるものは二つある。一つは、戦争の放棄です。軍事的開発拡張を全面的に禁止した。これは憲法九条に対応します。もう一つは、天皇を丁重に祭り上げると同時に、政治の場から取り除いたことです。これによって王政復古が唱えられた建武中興に始まる戦国の混乱を片づけた。・・それは象徴天皇制、つまり、憲法第一条に対応します。その意味で、戦後憲法には、德川の国制が回帰したといえます」。だから受け入れやすかつたといふわけなのでありますね。

 

そして、最後に、これまた目の覺めるやうなご意見に、ぼくならずとも驚かれることでせう。それは──。 

「丸山真男は明治維新を『第一の開国』、敗戦後を『第二の開国』と呼びました。この『第二の開国』が『第一の開国』と異なるのは、もっと国際的になったというような点にあるのではなく、・・德川体制を高次元で回復したことにこそある。 

私はさらに、『第三の開国』が将来にあると思います。それは憲法九条を実行することです。具体的にいえば、それを国連総会で表明することです。・・日本はすぐに常任理事国になれます。・・そしてそれが第二次大戦の旧連合国が戦後牛耳ってきた国連を変え、真にカント的な「諸国家連邦」(世界共和国)を作る方向に向かわせる。なぜか、日本はそういうことができる国になってしまったのです。それが最初に、私が不思議だといったことです」。

 

さあ、どうしませう。「世界共和国」への道の露拂ひをまかせられてしまつてゐるやうなのであります。さうでせう、「日本が戦後、憲法九条を背負ったということは、ある意味で、選ばれたことです」。さうだつたのですねえ。「日本会議」の面々が、薄汚い、ヤクザのやうに見えるではありませんか! 

 

今日の《平和の俳句》・・「歯がみして私の前歯四枚(よんまい)落つ」(八十一歳女) 

〈いとうせいこう〉 ニュースを見て思わずギリギリ歯がみし、結果歯科医院で三時間以上治療をして、街頭でアクションできるようにしてもらったという。 

 

今日の寫眞・・屆いた、雜誌『世界7月号』と水上勉著『説経節を読む』(岩波現代文庫)。夕食のデザートの、お初のモモ。それと、『通販生活 二〇一六夏号』より。