十月廿日(木)乙亥(舊九月廿日 晴

 

〈尾瀨トンデモ紀行(一)〉

 

今日は、生まれてはじめて「尾瀨」に行つてきました。と言つても前々から計畫してゐたことではなく、まつたく突的な旅でした。そもそも、ぼくはいはゆる有名なところへは行かないやうにしてきましたから、今さら尾瀨もないのですが・・。 

ところが、旅の友人たちに、ちよいと紅葉が見たいですねなんてことを言つたら、即座に、川野さんから、尾瀨に行くけれどどうですかと誘はれてしまひ、斷ることもできず、ちやうど通院を控へてゐたので、醫師のご意見をうかがつてから判斷しますなんて言つたのですが、また女醫の素敵な先生が、「大丈夫、樂しんで行つてらつしやい」と、やさしく勵ましてくれたりしちやつて、たうとう出かけることになつてしまつたのであります。

 

といふことで、まだ暗いうちに起き、妻に、「ほんとに大丈夫なの」と言はれつつ、綾瀨驛まで送つてもらひ、上野驛發六時四二分の新幹線で一路、遙かなる尾瀨へと向かつたのでありました。 

そして、高崎驛でローカル列車に乘り換へ、沼田驛までまづはやつてきました。川野さんは、大宮驛から乘りこんできましたので、高麗歴史散策以來のあいさつをかはし、本日の豫定をあれこれお聞きしました。 

沼田驛に降りたのもはじめてでした。田舎の驛だななんて思つて、尾瀨沼へのスタート地、大淸水行きのバスに乘り、河岸段丘の急坂をのぼつていくと、なんのなんの、臺地の上が元來の町だつたやうで、想像以上に開かれた都市でありました。

 

そのバスですが、ぼくはきつと尾瀨へ行く若者たちで賑はひ、もしかしたら座席に座れないのではないかと、昨日からずつと心配してゐたのですが、沼田驛から乗つた人は數人、そして、山歩きの服装をしてゐる方が二人きり。しかも一人は外國人の若者でした。 

そのお二人も、鳩待峠方面行きバスの出る戸倉で下車したので、終點の大淸水で下車したのはぼくたちだけでした。沼田驛を八時四〇分に出發したバスは、山道をくねりながら、鎌田バス停でトイレ休憩があつて、そこでソフトクリームをいただき、大淸水には一〇時二五分に到着しました。一時間四〇分のバスの旅でした。 

嬉しかつたのは、大淸水に近づいたあたりから、期待した紅葉が見られはじめたことです。やはり、雜木林といふか、廣葉樹林帶でないと美しい紅葉は見られないでせうからね。期待が高まりました。が、そんな紅葉を樂しむどころではない事態が待ち受けてゐたのであります。まるで、「佛樣でもごぞんじあるめえ」と言ひたい出來事でした。 

 

歸宅すると、心配してゐたココが元氣にもどつてきてゐました。それでも、心痛ならぬ身痛はあるのでせう、かへつてきてからは、ぼくの膝掛けの中にずつと潜り込んでゐたやうです。食欲をなくしてうろうろしてゐたモモタも、落ち着いたでせう。ひと安心です。 

 

今日の寫眞・・〈尾瀨トンデモ紀行(一)〉─出發から大淸水まで。神保町で求めた割引乘車券。群馬総社驛あたりから見た赤城山。沼田驛前バス停。鎌田バス停にて。そして紅葉。お仕舞ひは、大淸水登山口。