十二月二日(土)癸亥(舊十月十五日 晴

 

今日の讀書・・今日は土曜日、學習院さくらアカデミーの日ですが、例によつて、神保町の古書會館と、また古書店街で見聞を深めてから登校いたしました。

 

《源氏物語をよむ》は、今日で秋期講座が終了です。〈帚木〉の卷もまだ途中ですが、これは來年のお樂しみとなりました。まあ、氣長にやらぬことには、ぼくみたいなせつかち人間には試練の連續ですが。 

で、今回も、〈帚木〉の卷に入る前に、くづし字の勉強として、『繼色紙』 の歌の後半を讀み解きました(今日の寫眞參照)。

 

「むめのかの ふりおく ゆきにうつり せは たれかは ゝなを わきて をらまし」(一字飛ばしは改行です)

 

問題は、「ゝ」(踊り字)でした。「たれかは」と同じ行でつながつてゐれば、踊り字ですから、「は」に違ひないのですが、行をかへてまでもつづけられるのか。まあ、歌であることと、書としての美意識によるのではないか、といふ特別のことのやうです。 

 

それで、〈帚木〉の卷は、「あまよの品定め」のつづきです。「靑表紙本」で、三六頁の三行目から、四二頁の三行目まで讀み進みました。 

左馬頭君は、ちよいと圖に乘つてゐるのでせうか、光源氏と頭中將の前で、「弁論博士」になつたつもりで、まあよく喋ること。女性のことから、いきなり木工や書畫の話に轉じ、なんでと思ひきや、奇抜な作品には興味がひかれるけれど、むしろいつも目にしてゐる形や風景を仕上げることのはうがその持つ技量といふか腕が試されるとゐふことなのでせう。それで、女性も目に見えるところで惹かれてゐてはいけないのであつて、ふだん何氣なくつき合へる人にこそ、人間としてのすばらしさが潜んでゐる。そのことに氣づきなさいとでも言つてゐる、とぼくは理解いたしました。讀むのも、讀み解くのもああしんど!

 

それで今日は、講義ののち、目白驛近くのレストランで、「『源氏』秋期講座打上げの會」を行ひました。お一人が參加できませんでしたが、あとの八人、先生とともに乾杯し、ちよいとしたおつまみをいただきながらお喋りに花を咲かせました。ああ、樂しかつた! 

 

今日の寫眞・・『繼色紙』 の歌と、今朝、神保町で求めた古書。「日本名跡叢刊」の五册は、安すぎたので買ひました。また、三册の和本は、『義士銘々傳』は寫本。他ももちろんくづし字で、これらはくづし字のお勉強の應用編ですね。特に、『沙弥蓮愉集』は、持ち歸つてわかつたことですが、ちよいと曰くつきの歌集のやうです。