十二月十五日(金)丙子(舊十月廿八日 曇天、寒い

 

今日は聖なる金曜日。神田と五反田の二箇所の古書會館で古本市が開かれました。行こうかやめようか、これはぼくの生き甲斐といふか、生命力のバロメーターでありまして、出かける氣力に缺けてきたら、それはもうぼくの人生が風前のともしびと化したことの現れでありませう。なんて、自分を叱咤激励して出かけてまゐりました。

 

千代田線の新御茶ノ水驛で降り、歩いて駿河臺下の交差點をめざします。その交差點の手前、明大通りに出る角に、東京古書會館はありまして、その地下が毎週寶の山と化するのであります。 

とくに今日は、和本のオンパレードでありました。整然と棚に竝べられた書は、みな高價。數萬から數十萬の値がつくものばかり。ぼくなどは、束になつて積まれた雑本の中から、それこそ寶物を掘り出すしかありません。徒勞に終はることばかりですが、今日はちよいと滿足がいきました。

 

そこを見終はればお晝時、今日も交差點の角の店で鴨南蠻をいただき、つづいて八木書店二階の賣場に急ぎました。天理・京都の旅の直後に訪ねて以來でした。古典文學の研究書が溢れんばかりの店内の片隅に、廉價本と題して、それこそ掘出し物ここにあるといつた秘密の場所なんですが。今日は、一册だけ、『昭和新修・日本古筆名葉集』(白水社) を求めました。〈古筆手鑑〉の案内書ともいうべきもので、ぼくにとつては幅廣い時代と人物の古筆が拜めるのでこの上ない寶物です。ただカラーではなく、文字が讀みずらいのが難點でせうか。いや、贅澤を言つてはなりませぬ。五〇〇圓ですから。 

 

つづいては、高山本店を訪ねました。明治八年の創業で、能や狂言といつた傳統藝能や日本史、さらに美術を扱つてゐる古書店です。そこで、源氏物語を題材とした謠曲本を探すためでしたが、大量に竝べてあるその中から探し出すのが、けつこうやつかいでした。『觀世流謠曲百番集』 はすでに持つてゐるのですが、分册は便利なので、持ち歩くときに利用してゐます。でも、どうにか 『葵上』と『野宮』と『玉鬘』の三册を見つけました。めでたしめでたし、と言ひたいところですが、きれいなものもあれば、『野宮』なんて、ぼろぼろです。それでもお値段は變はらず三〇〇圓。 

 

さて、三田線と淺草線を乘り繼いで、五反田の古書會館ですが、これまた和本が豐富。數は少なくても、ぼくにとつては長生きさせてくれるやうないい本が見つかりました。まづ、『永平 正法眼藏隨聞記』。つづいて、『菅笠日記・上』。これは本居宣長の紀行で、我が 『歴史紀行(一)』 で參考にさせていただきましたが、くづし字本です。それと、「今川になぞらへて自をいましむ制詞の條々」ではじまる、明治七年刊の 『女今川・全』。「今川」は習字の手本と聞いてゐましたが、これは教訓集ですね。それと、きれいな繪とともに解説のくづし字が踊る 『繪本江戸土産・中』。みな端本ですから二〇〇圓から五〇〇圓程度。 

『正法眼藏隨聞記』 は、今朝BSプレミアムでやつてゐた、「新日本風土記『永平寺』」を見て、もう一度讀まなければならないと思つた直後でしたので、すぐさま手にしました。

 

それと、忘れてはならないのが、『平安時代訓点本論考 研究篇』(汲古書院、1996年)です。『日本書紀』 を讀み出した頃から氣になり、できれば手に入れたいと念じてゐた本が、なんと、一〇〇〇圓だつたんです。一萬圓かと見間違へるところでしたが、あまりの安さに中味も見ずにゲット。だつて、主な古書店で安くて一一〇〇〇圓、高いと二一〇〇〇圓もしてゐるんです。これだから早死には出來ないと思ひました。でも、今日は最近にない散財でした。 

 

それで氣をよくし、食欲もでてきたので、押上驛で降りて、天龍の餃子ライスに挑戰いたしました。八個の餃子が食べられるうちは元氣だと、自分に言ひ聞かせてきた人生ですけれど、悔しいけれど、八個のうち五個しか食べられませんでした。三個はおみやげにしてもらひ、持ち歸つたところ、妻に喜ばれて、殘してきてよかつたかなあと思つた次第でありました。 

 

今日の御詠歌は、お休みにします。 

 

今日の寫眞・・東京古書會館と五反田の古書會館。それに、『葵上』と『野宮』と『玉鬘』の謠曲本三册と天龍の餃子ライス。 

もしや、天龍の餃子を知らない人、食べたことのない人がをられたら、いやゐるはづはないと思ひますが、それは人生の樂しみを知らない人と申し上げるしかないでありませう。ぼくは、二十歳の頃から銀座店に通ひつづけてもう半世紀。どんなに病氣で苦しからうと、天龍の餃子が食べられるうちはぼくの人生は捨てたものではないと言ひ聞かせてきたのであります。でも、五個しか食べられなくなつたのにはまゐりました。