四月七日(土)己巳(舊二月廿二日) 晴のち曇り、夕方雨

 

今朝、鹿児島に里歸りした友人からの携帶メールで起こされました。「ひげ日記」が再開されたので、安心したといふ内容でした。昨日今日と、ありがたい問ひ合はせです。ぼく自身、誰が讀んでくれてゐるのか確實なところはわからないのですが、友人の何人かでも讀んでくれてゐると思ふと、やめるわけにはいきませんね。やめるときは、ぼくが本當に倒れた時にしませう。今度の不調も似かよつたものでしたが。 

 

さて、今日は出かけてきました。《東京散歩》の第二十一コースが所要一時間なので、無理せずに歩けるだらうと思つたからです。 

ついでに、どれだけ我慢できるか、古本市にも寄つてみることにしました。神保町の古書會館はほとんど目につくやうなものはなく、ただ、古びた和本、『駿台雑話』 の端本二册と 『長崎夜話草』 のこれも端本三册のみ(註)。 

 

註・・買ひ求めた和本の 『駿台雑話』 と 『長崎夜話草』 は實は岩波文庫に収録されてをります。それが分かつてゐて求めたのは、少しでもくづし字の假名交り文原文を讀みたいからであります。が、また讀んで分からないところは岩波文庫を見ればいいので、分からないままでストレスがたまるのを防止するには最適の方法であります。 

『古今和歌集』 だつて 『枕草子』 だつて同じです。それで、だんだんと翻刻の活字を見ないですむやうにくづし字になれてしまふことができればもう言ふことはありません。 

 

それから、古書店街の八木書店には顔を見せただけでしたが、ひげ日記が休んでゐたのをいたく心配してくれてゐました。ありがたいといふより恐縮してしまひました。 

それでです、書泉の手前の美術書専門店の店先にさしかかつたところ、見つけてしまつたのです。和本の複製本やら影印本が山と積まれてゐたのです。まさに寶の山でした! その中から、日本古典文学影印叢刊の 『今鏡』 と 『曽我物語』 を手にして店内に入ると、桐箱に入つた複刻日本古典文學館の 『伊勢物語』 と 『古今和歌集』 の和本まであつて、それも大廉價! すぐに送つてもらふやう購入してしまひました。買はないでゐられませんでした。といふことはまだ生に執着してゐるといふことでせうから、この胸のときめきは金錢には變へられず、喜ばしいことに違ひありません! 

 

それから地下鐵新宿線で新宿經由、目白驛に降り立ち、《東京散歩》二十一コースを歩きはじめました。 

ガイドブックにはかうあります。コース名と内容─「下町銭湯探訪 目白 椎名町駅~目白駅 豊島区南長崎は手塚治虫、藤子不二雄、石ノ森章太郎らが過ごした「トキワ荘」で知られる。建物はないが昭和のにおいがする町並みを歩きながら、帰りに銭湯に立ち寄るのはいかが。〔所要〕一時間」。

 

《東京散歩》の第二十一コースは、全コースの中でも最短距離でせう。目白驛前、一三時三〇分スタートです。驛を出て、目白通りを越え、路地に入つたところの高級住宅地の中で、もし迷はなかつたら、もつと短縮できたと思ひますが、それでも椎名町驛まで一時間五分で到着でした。ほとんど見るべきところなく、トキワ荘(跡)だつてどこだつたのか、たうとうわからずじまひでした。錢湯なんて見かけもしませんでした。十年前のガイドブックですから、すでに消滅してしまつたのかも知れません。正味五五〇〇歩しかありませんでした。

 

氣持ちを切りかへ、西武鐵道の椎名町驛から練馬驛まで乘り、北口から出る高圓寺驛北口行きバスで終點まで。もう一つの古書會館で開催中の古本市を見ましたが、買ふ気持ちが薄れたためか、一册も欲しいと思ふ本がありませんでした。 

また、ちよいと寄り道して歸宅したら、一〇九八〇歩でした。 

 

今日の寫眞・・目白驛前とトキワ荘通りのお休み處。