六月四日(月)丁卯(舊四月廿一日) 晴、暑い

 

朝食後、母がデイサービスへ、その後定例の科通院をすませたのち、しばらく讀書。晝ちかく、妻と、どちらからと言ふことなく、お晝をどこかで食べることにして、菖蒲園へ出かけました。菖蒲まつりが開催中です。 

ところが、歸路、食べたい食堂が見つからず、結局歸宅して妻が作つたそばいただきました。外食するなら、夕方テレビで宣傳してゐた、銀座のスイスとか早川に行きたくなりました。 

 

讀みつづけてゐる 『枕草子』 のなかで、王朝のサロンのひとこまと言はれなければわからないやうな懐かしい情景に出會ふことがあります。つぎの、一七九段などはそのよい例です。 

「雪のいと高くはあらで、うすらかに降りたるなどは、いとこそをかしけれ。又雪のいと高く降り積みたる夕暮より、端ちかう、同じ心なる人二三人ばかり、火桶中に居ゑて、物語などするほどに、暗うなりぬれば、こなたには火もともさぬに、大かた雪の光いと白う見えたるに、火箸して灰などかきすさびて、あはれなるもをかしきも、いひあはするこそをかしけれ」 

圍炉裏をんで悦に入つてゐた毛倉野の山暮らしが思ひ浮かばれます。 

 

それと、昨夜、少しづつ讀んでゐた藤沢周平著 『喜多川歌麿女絵草紙』(文春文庫) を讀み上げました。初めに讀んだのは、一九九三年七月、まだ横濱にゐたとき、たぶんやはり入院中だつたと思ひます。その再讀ですが、さうは思へない讀みごたへでした。 

つづいて、やはり再讀ですが、黒川博行の 『ドアの向こうに』 といふ警察・探偵小説を讀みはじめました。なにしろ大阪が舞臺、交はされる會話の「大阪弁」が實に面白い。 

 

今日の寫眞・・堀切菖蒲園 菖蒲まつり