十一月廿三日(金)己未(舊十月十六日) 

 

今日もまた和本の整理を續けましたが、昨日同様なかなかはかどりませんでした。 

その點パソコンは便利で、本の題名でだめなら著者からその年代を確定できたりするので、めんどうではありますが、達成感があります。 

ちなみに、どんな和本があるのか、年代ごとに、その數をまとめたら次のやうになりました。一五〇〇年代は、ぼくが買つてないのではなく、この時代は書かれてゐないのです。何故なのかは最大の謎の一つでもあります。

 

一二〇〇年代 法然の 『一枚起請文』 と 『黒谷上人語燈録』。親鸞の 『愚禿鈔』、『正像末和讃鈔』、『歎異抄』 の三册のみ。もちろん、當時の寫本ではなく、江戸時代や明治時代になつて刊行されたり寫されたりした和本です。以下の時代のものもほぼ同樣です。 

 

一三〇〇年代・・北畠親房 『翻刻 評註校正 神皇正統記』 延元四年(一三三九年)明治十五年刊

 

一四〇〇年代・・『女人往生聞書』 と、他は、蓮如の 『安心問答』、『他力安心 いろはうた』、『一念発起鈔』、それに 『蓮如上人御一代記聞書』 の六冊。

 

一五〇〇年代・・なし

 

一六〇〇年代・・『難波物語』、『好色一代男』 をはじめ、芭蕉の紀行など 十六册。

 

一七〇〇年代・・貝原益軒の 『大和俗訓』、三浦梅園の 『梅園叢書』、白隠禅師の 『夜船閑話』、湯浅常山の 『常山紀談』・『雨夜燈』、手島堵庵の 『知心辨疑』、本居宣長の 『玉の小』 など四十二册。

 

一八〇〇年代・・『道二翁道話』、大田南畝の 『蜀山百首』、小林一茶の 『おらが春』 と平田篤胤の 『古今妖魅考』、爲永春水の 『春色梅兒譽美』 に、『色道禁秘抄』、それに、『妙好人傳』(十二册)、『一休諸國物語圖繪』 などなど三十八册。

 

明治時代以降・・假名垣魯文 『牛店雑談 安愚楽鍋』、ヘボン、ブラウン譯 『新約聖書約翰傳』、これも立派な變體假名本です。さらに、賴久太郎著 『山陽文稿』、『心學絵入 道歌百首和解』、『童蒙いろはうた・一息假名法語』 等々二十册。

 

その他、著作年代・刊行年不明のものが、十二册。 

 

さうだ、それと、「元版群書類従特別重要典籍集」といふ帙入りの和本があつて、これは塙保己一が開版した 『群書類從』 の元版版木(重要文化財)をそのまま用ゐて、昭和五十年代に「摺り立て」されたものです。ぼくが求めたのは、日記部(一帙)と紀行部(二帙)の全部、合戰部の四帙、それに雑部選の二帙。また和歌部が數帙。これだけでもたいへんな量ですので、まあ、ながめてゐるだけで終はつてしまふのでせうが、希望は捨てないで讀んでいきたいものであります。 

考へたら、これらが、一五〇〇年代以前の抜けた部分を埋めてくれる和書であると言つていいかも知れません。

 

ところで、變體假名は、明治三十三年(一九〇〇年)の小學校令施行以降敎へられなくはなりましたが、江戸時代生まれと明治時代生まれが生きてゐた、大正、昭和までも生きつづけました。さうでせう、千年以上使はれてきた文字が、さう簡單に 「はい、それまでよ!」 といふわけにもいかないでありませう。これからも、せめて讀む能力だけは養つておきたいものであります 

以上、讀む氣力は滿々なのですが、あとは體力勝負です。 

 

それと、昨日の本の紹介のなかで、菅江眞澄が郷里で、和歌を學んでゐたことが出てきましたが、ほんとうとすれば、烏丸光廣の本を書寫したこともうなづけます。せつかく手に入つた 『二葉紀行(吾妻路往返記行)』 ですから、これも變體假名のお勉強とは言はずに、和歌のお勉強のつもりで讀んでみませう。

 

さう、その烏丸光廣(15791638)ですが、「寛永3年(1626年)、勅使として江戸にいたときに平将門の伝説を知り、帰京して天皇に 『将門は朝敵に非ず』 と奏上。これにより、将門は朝敵の汚名を返上した」、といふ逸話があるさうです。