九月十二日(水)丁未(舊八月三日) 曇り

 

今日は、川野さんと成田山に行つてまゐりました。樂しくも美味しい、そして心を養ふ日歸りの旅でした。 

待ち合はせは、京成成田驛に一〇時二二分。川野さんは成田ははじめてだといふので、まづは、うなぎを焼くいいにほいがただよふ參道商店街を通り過ぎ、お約束の成田山新勝寺を見學。つづいてその裏にある書道美術館を訪ねました。

 

ほんとうの目的はここで開催中の 《開館25周年記念 成田山書道美術館名品選 明治150年の書道》 を見るためでした。「Ⅰ期 混沌の時代〈明治〉」が八月で終はり、現在は 「Ⅱ期  書壇の確立〈大正・昭和前期〉」を展示中。たしかに見應へがありました。 

いいや、應へたのはぼくたち自身で、がらんとした會場でしたから、展示された作品のつぎつぎを、二人して變體假名を解讀しいしいだいぶてこずりながらも樂しんでしまひました。もちろん、假名作品だけでなく、漢詩もたくさん。理想的な鑑賞ができたと思ひます。

 

さうだ、明治期に活躍した三名の繪師の錦繪もありまして、楊洲周延の作になる、「鹿児嶋女隊力戰圖」にはしばし驚きを隠せませんでした。會津における女子の活躍は知つてをりましたが、薩摩でも、西南戰争で女隊が政府軍と戰つたとは初耳でした。でも、疑問符もついてゐるやうですので、ぼくの貴重な友人のひとりが鹿児島に、しかもだいぶ郷土愛に目覺めてゐる女子なので、これはぜひとも聞いてみたいと思ひます。

 

氣がついたらそこで二時間も費やしてしまひました。お腹がすいてしまひましたから、いそいで參道にもどり、目をつけてゐた「川豊」に入り、うな重の上とぼくは鯉のあらひをたのみました。鯉のあらひは前から食べたいと思つてゐたので、川野さんにはご馳走だといふことにして一緒に美味しくいただきました。 

が、そこでぼくは大きな誤解をしたゐたのではないかと不安になりました。それは、うな重の上は並よりも美味しさが違ふといふことです。いままでいただいてきたうな重がさうとしか言へませんでした。ところが、川豊さんでは、うなぎの量が一匹の三分の二の量が並で、まる一匹が上、特上は一匹ともう少々といふことで、美味しさには違ひがないといふことに思ひいたつたからでありました。ふわふわで熱々でもつてりとした口あたりです。美味ここにあり!

 

さて、満腹したあと、まだ歩けさうだつたので、川野さんに、宗吾靈堂を訪ねないかと提案し、快諾を得たので、お土産を買ひ求めたのち、成田驛から二つ目の宗吾參道驛下車。長年ぼく自身が訪ねたいと思ひつつも果たせなかつた希望をこの際かなへてしまはうとやつてきました。 

ところが、驛からわづかと思つてゐた距離が、いやはや長い上り坂、歩いての約二十分、どうにかかうにか靈堂に到着しましたけれど、だいぶ息がきれて、これだけは今日の誤算でした。

 

ご存じ 《宗吾靈堂》 は、「義民佐倉惣五郎」を祀るお寺です。が、正式には、鳴鐘山東勝寺といふ、「桓武天皇の勅命により、坂上田村麻呂が創建したという」寺でありまして、のちに建てられた成田山のはうは、ですから新勝寺と名づけられたといふことです。それなのに、新勝寺は平將門追討のために建てられた寺ですから、いはば體制側。東勝寺は虐げられた兵士や義民を祀る寺ですから、參拜する者は、どつちをお參りするかによつて、生き方が問はれるといふものです。それなのに、新勝寺は大企業なみの盛況さ、東勝寺は零細企業なみのさびしさです。お寺も時代といふか、人々の愚かさをあぶりだしてくれてゐるのかも知れないと、川野さんと顔を見つめ合つてしまひました。

 

惣五郎父子のお墓に詣で、それから、歌舞伎で興行する 『佐倉義民伝』 のための成功祈願にやつてきた歌舞伎役者の看板が立ち並ぶ境内を縫つて、〈宗吾御一代記館〉に入りました。ぼくたちだけで、いささかさびしいといふか幽靈屋敷に潜り込んだみたいで、それでも、「佐倉惣五郎の生涯を、66体の人形を使った立体パノラマで解説」されたそれぞれの場面を確認しつつ、急ぎ足で見て歩きぬけることができました。 

すでに薄暗くなつてきた境内で唯一開いてゐた茶屋で甘酒をいただき、一休みしたあと、再び宗吾參道驛にもどり、無事歸路につくことができました。歸宅したら、一三五〇〇歩でした。大強行軍の一日でした。 

 

註・・・宗吾霊堂と呼ばれ親しまれていますが、正式には「鳴鐘山東勝寺宗吾霊堂」といいます。桓武天皇時代に征夷大将軍坂上田村麻呂が房総を平定し、戦没者供養のために建立されました。徳川4台将軍家綱の時代に佐倉藩の領民を救うため、将軍に直訴し、その罪により磔刑の処された義民佐倉惣五郎(木内惣五郎)菩提寺であり、百年忌の時に宗吾道閑居士の法号を受けたことから、宗吾霊堂と呼ばれるようになりました。境内は緑につつまれ、春の花見、秋の紅葉もみどころです。 

 

今日の寫眞・・・新勝寺山門前、書道美術館前、川豊さん前と鯉のあらい