正月廿一日(火)舊十二月廿七日(癸亥) 快晴、風がとても冷たい

 

今日は定例の通院日。御成門驛からいつものやうに歩いて來たら、外來棟が封鎖してあるので驚いた。すると道路をへだてた南側に新しい外來棟が完成してゐたのである。雰圍氣としては靑戸病院(葛飾醫療センター)に似てゐるが、ずつと廣くて快適さうである。なかでも氣に入つたのはトイレが多いことである。多いだけではなく、待つ時間の長い、血液檢査、心電圖檢査、レントゲン檢査の各部屋の中かその近くに必ずあるので、これはよく考へてつくられてるなと思つた。とても助かる。 

診察室は新しくて機能的さうだが、從來のよりもちよいと廣くなつた程度。みか先生に診てもらつた結果、すべての檢査結果が順調である。ただいつもものたりなく思ふのは、直に廳診器を胸にあてて診てもらへないことである。

 

一一時半には出られたので、本丸でうな重をいただき、その後銀座に向かふために、地下鐡淺草線の大門驛まで歩き、東銀座驛で下車して伊東屋を訪ねた。ところが、モンブランのボールペンの替芯を求めたら、二本セットでしか賣れないといふ。しかも、一セット二千圓。黑、赤、ブルーの三本のボールペンを持つてきたので、それで六千圓といふ男の店員の話を聞いて、ぼくはそれでは買ひませんといつて出てきた。改築されてからの伊東屋は極端に魅力がなくなつた。以前は求めるものがなくても建物に入るだけで胸がときめいたものだつたが・・・。

 

有樂町驛を經て、三田線の日比谷驛まで歩いて神保町へ。そこでは、また戒めを破つて新刊本屋の書泉と東京堂で、五木寛之著 『隠された日本 大阪・京都 宗教都市と前衛都市』、『隠された日本 加賀・大和 一向一揆共和国 まほろばの闇』、と、沖浦和光著 『陰陽師とはなにか・・被差別の原像を探る』 などを求めてしまつた。ただ、『日本幻論 ―漂泊者のこころ: 蓮如・熊楠・隠岐共和国』 だけは古書店で見つけることができた。 

今日の歩數は、一三一四〇歩であつた。

 

 

正月廿二日(水)舊十二月廿八日(甲子) くもり、冷える

 

五木寛之・沖浦和光著 『辺境の輝き 日本文化の深層をゆく』(ちくま文庫) 讀了。いやあ、非常に刺激的だつた。表立つた歴史を學ぶだけでは、日本の眞相のほんの上澄みでしかないことを痛感した。 

その一つは、明治初年の神道國敎化政策によるとはいへ、廢佛毀釋がどうしてなされたのか、といふか成功したのか疑問であつた。中仙道を歩いてゐた時に、廢佛毀釋で破壊された寺院にいくつも遭遇したとき、庶民の信仰なんてそんなものかと思つたのであつた。いままで信じてゐた寺と佛を、明治政府の命令だからといつて、よくも廢棄できたものだと思つたのである。が、五木さんと沖浦さんが語つてゐる言葉によつて疑問が氷解した。 

 

五木 隠岐で、島後の島に行ったときに、廃仏毀釈のときの首のない凄惨な石仏が、山のように積まれてるのを見たことがあるんですよ。なんでこんな島で、これほど激しい廃仏毀釈が起こったのか。それは寺に対する反感かもしれないと思った。 

沖浦 民衆の思いを汲みあげずに、権力の走狗になつていたからですね。身分制社会における搾取と差別という現実に、多くの民衆が苦しんできたのに、各宗派のリーダーたちは近世二百数十年を通じて、民衆の声を取りあげなかったのですから・・・・。 

 

さもありなんと、心に刻みました。 

さう、五木さんが著書 『風の王国』 について語つてゐたのも印象的だつた。 

「ぼくはあの小説で、サンカと呼ばれて漂泊民として賤視されてきた人々が、今日の巨大な支配体制の中でどう生きていくか、というテーマに取り組みたかった」。 

そして、「歴史にしても、文化にしても、真実を知ることから、毎日の生きていく上での姿勢が変わってくる」、とも言はれ、ますます尊敬してしまつた。 

さらに、最後に、『古今集』 と 『梁塵秘抄』 について論じてゐるところも氣に入つた。 

 

五木 和歌についていえば、この 『古今和歌集』 と 『梁塵秘抄』 の二つの対立する潮流が、いまでも日本文化の中にずっと流れているような気がする。 

沖浦 前者は、日本文化のハレの舞台というか、オモテの世界ですね。そして後者には、その舞台裏の 『影』 が投影されていますね。だから陰翳が深い。 

 

と言ひ、そのわけは、『梁塵秘抄』 は、「樵夫・鵜飼・行商人・博打・山伏・遊女・巫女──彼らは高貴な身分の人たちに蔑まれ、大きい寺社からは見捨てられて、雑草のように生きている──その魂を救ってくれる仏や神へのつぶやきのようなオマージュ(讃歌)」が讀みとれる。そういう意味でも、「『梁塵秘抄』 は、名を残すこともなかった民衆の俗な歌の系譜に連なり、他に類がない宗教的な響きが流れています」。 

それで、書庫を探つたら、『原本複製 梁塵秘抄』(好學社) といふ影印本(變體假名本)が出てきた。二〇一四年一月に五〇〇圓で求めた本で、昭和二十三年(一九四八年)三月發行、いい用紙ではないが讀むには支障ない。奥書を見ると、本書は、「寂蓮手跡」本の寫本であらうといふことである。いままで讀む機會がなかつたが、たうとうやつてきたかと覺悟をせねばならぬ。 

でも、その前に、『宇治拾遺物語 卷第三』 を讀んでしまひたい。 

 

 

正月廿三日(木)舊十二月廿九日(乙丑) 小雨のちやむ

 

今日も暖かくして猫たちと讀書。 

『宇治拾遺物語 卷第三』 讀了。十六話の「すずめ恩を報ずる事」は、「舌切雀」の原型だと言ふが、雀の報恩が白米なのにはおどろいた。これは明らかに、「農本主義的な律令制思想」が浸透してゐた時代の作品であることをうかがはせる。 

つづいて、『梁塵秘抄』 に入りたいところだが、ついでに、先日求めた森詠さんの時代物をよみはじめた。  

『源氏物語 〈初音〉』 を讀んでゐたら、「髭籠(ひげご)」 と 「破籠(破子・わりご)」 が出てきた。以下、與謝野晶子譯。 

 

「さうした若い女達は新春の喜びに滿ち足らつた風であつた。北の御殿からいろいろと綺麗な體裁に作られた菓子の髭籠と、料理の破子詰めなどがここへ贈られて來た」 

 

これらは竹や薄く割つた板で作られたもので、あきらかにサンカなど「化外(けがい)の民」の作品であらう。正月を迎へて華やかな宮廷といふか貴族の邸宅に使用されてゐた多くの生活雑器が、自分たちが差別し、蔑視してゐた人々が作つたものであつたかと思ふとおかしくなる。まあ、どの時代でも、むろん今日でも事情は變らないのであらうが、これからも注意して讀んでいきたいと思つた。

 

森詠著 『ひぐらし信兵衛残心録』 讀了。どうも剣客相談人シリーズの燒き直しのやうな感じがする。 

 

*髭籠と破子

 


 

正月廿四日(金)舊十二月卅日(丙寅) 曇りのち晴れる

 

今日は、『源氏』受講OBの高山さんとともに、五反田の古書會館を訪ねた。高山さんはすでに神田と高圓寺はご存じだが、五反田の南部古書會館ははじめてだといふので、五反田驛前で待ち合はせて、ちよいとわかりにくい道をご案内した。初日とあつて、いつもより人が出てゐたけれど、めぼしいものは少なかつた。ただ、前田寛治著 『病中日記 影印・翻刻』(八坂書房) といふのが他人ごととは思へずに求めてしまつた。それと、田中小実昌さんの 『香具師の旅』(河出文庫)。

 

次いで、淺草線と三田線を乘り繼いで神保町へ向かひ、小諸そばでかきあげそばをいただいてから、古書會館におもむいた。が、ここもめぼしいものがなく、高山さんとお別れしてから見て回つた古書店で、新潮日本古典集成の 『梁塵秘抄』 と 『東海道四谷怪談』 を發見。探し求めてゐただけに嬉しかつた。それぞれ三〇〇圓といふのがまたいい。 

今日の歩數は、八一二〇歩であつた。

 

 

正月廿五日(土)舊正月一日(丁卯・朔) くもり

 

今日は、朝から、影印の 『梁塵秘抄』 を讀むかたはら、本棚から、加藤周一の 『古典を読む 梁塵秘抄・狂雲集』(岩波同時代ライブラリー) を探し出してきて、『秘抄』 の部分を讀みだしたら、他の解説ではものたりなかつたところを深く掘り下げてあるので、とても參考になつた。例へば、

 

「『梁塵秘抄』 のなかには、平安朝のかな物語と勅撰和歌集のすべてを以てしても到底窺うことのできない世界が展けているのであり、その歴史的資料としての価値は、測り知れない。類書なし。平安時代のあり方を推測するのに、まことに他を以て換え難い」

 

と、かうである。これほど貴重な書が、まあ一應買ひ求めてはゐたにしても、それほど氣にしてゐなかつたとは、まことに恥ずかしい。とくに同時代といつてもいい 『源氏物語』 等の物語や和歌を讀んでゐるのだから、これでは偏つてゐると言はれても仕方あるまひ。 

それで、本文を讀んでみておどろいたことには、現在ぼくたちが讀める部分は、後白河院によつて編纂された完本が失はれてしまひ、その十分の一ほどでしかないといふ。しかも、その寫本が明治時代末になつて突然發見されたといふのだから、これもまた不思議なはなしである。その發見された寫本が、佐々木信綱著 『原本複製 梁塵秘抄 附巻梁塵秘抄の研究』(好學社) に複製されてゐて、それを偶然掘出したのだから、ぼくの嗅覺も捨てたものではない。

 

その讀める複製の部分、「秘抄巻第二」の出だしは佛敎の敎説を歌つたもので、釋迦や佛、彌陀や諸菩薩をほめたたえる佛教歌とでも言つたらいいのか。でもそれらはとてもわかりやすく、庶民が作つたとは思へないが、庶民に向けた敎へといふ點で、鎮護國家佛教とは一味も二味も違ふ。さう言へば、後白河院は法然上人に歸依してゐたのだから、その敎へを身にしみてゐたはづである。

 

「阿彌陀佛の請願ぞ、かへすがへすもたのもしき、ひとたび御名をとなふれば、佛に成るとぞ説(と)いたまふ」(二九) 

「彌陀の誓ぞたのもしき、十惡五逆の人なれど、一たび御名を稱ふれば、來迎引接(らいがういんぜう)疑はず」(三〇)

 

これは法然の敎へであると言つてもいいやうな歌であり、先々樂しみだ。 

 

 

 

 

正月一日~廿日 「讀書の旅」   ・・・』は和本及び變體假名本)

 

正月二日 五木寛之著 『隠された日本 中国・関東 サンカの民と被差別の世界』 (ちくま文庫) 

正月七日 三國連太郎・沖浦和光対談 『「芸能と差別」の深層』 (ちくま文庫) 

正月九日 日本冒険作家クラブ編 『夢を撃つ男』 (ハルキ文庫) 

正月十二日 野間宏・沖浦和光著 『日本の聖と賤 中世篇』 (人文書院) 

正月十三日 佐々木讓著 『暴雪圏』 (新潮文庫) 

正月十六日 佐々木譲著 『警察の掟』 (新潮文庫) 

正月十八日 今村翔吾著 『童の神』 (角川春樹事務所) 

正月十九日 紫式部著 『源氏物語二十二〈玉鬘〉』 (靑表紙本 新典社) 

正月廿日 五木寛之著 『風の王国』 (新潮文庫)  

正月二十二日 五木寛之・沖浦和光著 『辺境の輝き 日本文化の深層をゆく』 (ちくま文庫) 

正月廿三日 『宇治拾遺物語 卷第三』 (第一話~第廿話) 

正月廿三日 森詠著 『ひぐらし信兵衛残心録』 (徳間文庫) 

正月廿四日 佐々木信綱著 『新訂 梁塵秘抄 解説』 (岩波文庫) 

正月廿四日 榎克朗著 『梁塵秘抄 解説』 (新潮日本古典集成)