正月廿六日(日)舊正月二日(戊辰) くもり、冷える

 

今日も古本市に出かけようと思つてゐたが、朝のうちは雨も降り、あまりにも寒いので猫たちと暖かくして讀書にんだ。

 

複製の 『梁塵秘抄』 は遅々としてゐるが、加藤周一さんの 『古典を読む 梁塵秘抄・狂雲集』 は實に深いところをついてゐて、ちよいとわかりにくいところもあつたが、たいへん勉強になつた。 

「法然にとって、阿弥陀信仰は絶対的なものであった(と同様に)、後白河にとって、今様(いまやう)が絶対的なものに近かったとすれば、今様に関するかぎり、相手の身分が問題になるはずはなかった。

 

  ・・・斯くの如き上達部・殿上人は言はず、京の男女・所々の端者(はしたもの)・雑仕・江口神崎の遊女(あそび)・国々の傀儡子(くぐつ)、上手は言はず、今様を謡ふ者の聞き及び我が付けて謡はぬ者は少くやあらむ。

 

これは、法皇として、途方もない言分、ほとんど過激な言説であろう。上手な者はいうまでもなく、今様を謡うと聞きさえすれば、身分の上下は一切問題にしなかった、というのである。しかし平安時代に、階層的社会の枠組をつき破り得るほどに強い思想的動力は、法然の阿弥陀の超越性の他には、おそらく後白河の今様の絶対性しかなかった」 

「浄土教には、彼岸性と信仰の個人化=内面化の面があって、その面の強調が法然・親鸞の 『鎌倉仏教』 である。・・・ 『秘抄』 とは、鎌倉仏教の 『プロローグ』 である」 

「和歌では、『万葉集』 よりも 『古今集』 の表現がはるかに間接的であり、『古今集』 よりも 『新古今集』 の方がさらに間接的になるのに対し、『秘抄』 の官能的表現がはるかに直接的だ・・・。 

平安朝末期の歌人たちにとっては、恋が問題ではなくて恋の歌が問題となり、男を待っていることから歌を作るのではなく、歌を作るために待っている状態を想像するようになった。・・・『題詠』が発達するということは、歌が 『フィクション』 になるということである。 

同時代の歌人たちとはちがって、『秘抄』 の恋の歌の作者は、男を待っていたから歌を作り、歌を作るために男を待ったわけではない。けだし和歌と今様の世界の最大のちがいはそこにあるだろう」

 

『梁塵秘抄』 の存在は、淨土教と切り離せないことがわかつてきた。でも、はやく「官能的表現」の部分に進みたいが、まだまだ佛教歌がつづく! 

 

 

正月廿七日(月)舊正月三日(己巳) くもり、今日も冷える

 

今日も讀書。『梁塵秘抄』 を讀むかたはら、森詠さんの 『剣客志願 おーい、半兵衛』 を讀む。 

 

 

正月廿八日(火)舊正月四日(庚午) 小雨、今日も冷える

 

今日も寒いので猫たちと暖かくして讀書にんだ。ただ、グレイがぼくの胸元が氣に入つたやうで、何度も出入りするので氣が散つてしかたない。

 

『梁塵秘抄』 は、五六六首の歌謡のうち、二三〇首を過ぎたので、半分まであと少し。 

また、そのかたはら、森詠さんの 『剣客修行 おーい、半兵衛〈二〉』 を讀む。 

 

午後、五十嵐さんから、W10にアップグレードしたノートパソコンが仕上がつたとの連絡があり、京成金町驛で待ち合はせて、受け取つてきた。七五〇〇圓の費用がかかつたが、これは決まつた料金のやうで、氣持ちよくお支拂ひした。デスクトップW10のはうは、もう少しかかるといふ。 

 

 

正月廿九日(水)舊正月五日(辛未) 晴、暖かい

 

今日も讀書。三匹の猫がそれぞれ可愛い。とくにグレイを迎へてからは、子猫がこんなにも可愛いものだとはじめて知つた。讀書にはうるさいが、ぢき大きくなるし、今を樂しみたい。 

 

『梁塵秘抄』、二四二首目からは、趣が變はつてきて、八幡、熊野、日吉、賀茂、貴船などの神や權現、大明神などをめぐる歌謠になり、意味もとりやすい。例へば・・・ 

「熊野へ參らむと思へども 徒歩より參れば道遠し すぐれて山きびし 馬にて參れば苦行ならず 空より參らむ 羽賜べ 若王子」(二五八) 

「金の御嶽(吉野の金峰山)にある巫女の 打つ鼓 打ち上げ打ち下ろし おもしろや われらも參らばや ていとんとうとも響き鳴れ鳴れ 打つ鼓 いかに打てばか この音の絶えせざるらむ」(二六五)

 

といふわけで、だいぶ面白くなつてきた。 

森詠著 『剣客修行 おーい、半兵衛〈二〉』 讀了。つづいて、趣向を變へて、澤田ふじ子の 『禁裏御付武士事件簿 《神無月の女》』 を讀みはじめる。

 


 

正月卅日(木)舊正月六日(壬申) 快晴、暖かい

 

午前中、五十嵐さんがまた來てくださり、デスクトップW10を屆けてくださつた。起動してみると、すぐに立ち上がるやうになり、もうこれだけで充分。五分も十分も待たないですむだけで氣持よく使へさうだ。 

それで、ついでに、一昨日受け取つたノートパソコンのわからないところや變へてほしいところをみてもらつた。とくに、ノートパソコンのアドレス帳が紛失してしまひ、デスクトップからコピーしてみたけれど、ノートパソコンにしか記載してゐなかつたアドレスについては、今一度連絡して送信してもらふしかないだらう。ちよいと困つた。 

結局終つたのが午後二時、それから家を出て、高圓寺に向かひ、古書市を訪ねた。それが、今日はいい本ばかりが目に付き、氣を引き締めてゐないとだらだら買ひ求めてしまひさうになつた。

 

西鄕信綱著 『梁塵秘抄 日本詩人選22』(筑摩書房)、脇田晴子著 『女性芸能の源流 傀儡子・曲舞・白拍子』(角川ソフィア文庫)、高野修著 『一遍聖人と聖絵』(岩田書院)  栗原康著 『死してなお踊れ 一遍上人伝』(河出文庫)、それに、深沢七郎著 『無妙記』(河出書房新社) など、みなほぼ三〇〇圓。金額的には安かつたが、また本が增えてしまふことが大問題なのである! 

 

澤田ふじ子の 『禁裏御付武士事件簿 《神無月の女》』 は、『おーい、半兵衛』 にくらべると俄然中味が濃い。舞臺は京都。時代は元禄十四、十五年(一七〇一~二年)頃、光圀が亡くなつた次の年で、「赤穂藩主淺野長矩が殿中に吉良義央を傷つけ自刃を命じられ」た直後。主人公の久隅平八は京都御所・寺町御門の警固にあたる御付(禁裏付)同心。つまり、「幕府への忠誠心がもっとも強い中堅旗本から選ばれ」て赴任し、禁裏を見張る役目を負つた同心であり、非番の日には、行商人や虚無僧、遊芸人などに身をやつして市中の諜報活動をする 〈市歩(いちあるき)〉 」であるといふ。面白いだけでなくいろいろと學ぶことも多い。

 

 

正月卅一日(金)舊正月七日(癸酉) 晴、暖かいが風が強い

 

『梁塵秘抄』 と 『禁裏御付武士事件簿 《神無月の女》』 を讀み進む。 

又、パソコンがもどつてきたので、「毛倉野日記(十九)」(一九九五年十月) の寫し再開。かくべつなこともなく、平凡な毛倉野生活がつづく。といつても、毎週東京に遊びに出かけてゐるやうなもので、言つてみれば、嫌なことをしないで暮らせてゐたのだからいい氣なものだつたと思ふ。 

それとともに、今日は、ユーチューブで、高橋竹山の津輕三味線と、ラフマニノフのピアノ協奏曲第二番(ピアノ・辻井伸行)を聽く。ラフマニノフのはうは、二度も繰り返して聽いてしまつた、といふか見てしまつた。ここのところ味はつてゐなかつた感動に滿たされた。 

ついでに、スネークマンショーを聞いたら、これも實に新鮮、にやにや笑へた! 

また、夜は、アマゾンで、“ミッション・インポッシブル フォールアウト” を觀た。はらはらドキドキで痛快だつた。 

 

 

正月一日~卅一日 「讀書の旅」   ・・・』は和本及び變體假名本)

 

正月二日 五木寛之著 『隠された日本 中国・関東 サンカの民と被差別の世界』 (ちくま文庫) 

正月七日 三國連太郎・沖浦和光対談 『「芸能と差別」の深層』 (ちくま文庫) 

正月九日 日本冒険作家クラブ編 『夢を撃つ男』 (ハルキ文庫) 

正月十二日 野間宏・沖浦和光著 『日本の聖と賤 中世篇』 (人文書院) 

正月十三日 佐々木讓著 『暴雪圏』 (新潮文庫) 

正月十六日 佐々木譲著 『警察の掟』 (新潮文庫) 

正月十八日 今村翔吾著 『童の神』 (角川春樹事務所) 

正月十九日 紫式部著 『源氏物語二十二〈玉鬘〉』 (靑表紙本 新典社) 

正月廿日 五木寛之著 『風の王国』 (新潮文庫)  

正月二十二日 五木寛之・沖浦和光著 『辺境の輝き 日本文化の深層をゆく』 (ちくま文庫) 

正月廿三日 『宇治拾遺物語 卷第三』 (第一話~第廿話) 

正月廿三日 森詠著 『ひぐらし信兵衛残心録』 (徳間文庫) 

正月廿四日 佐々木信綱著 『新訂 梁塵秘抄 解説』 (岩波文庫) 

正月廿四日 榎克朗著 『梁塵秘抄 解説』 (新潮日本古典集成) 

正月廿六日 加藤周一著 『古典を読む 梁塵秘抄・狂雲集』 (岩波同時代ライブラリー) のうち、『梁塵秘抄』 の部分のみ 

正月廿七日 森詠著 『剣客志願 おーい、半兵衛』 (学研M文庫) 

正月廿九日 森詠著 『剣客修行 おーい、半兵衛〈二〉』 (学研M文庫)