正月廿九日(月)辛酉(舊十二月十三日 くもり

 

母が出かける朝は、「お母さんが行くまでは寝ててくださいよ」と、妻に言はれてゐるものですから、お言葉に從つてうとうとしてゐたら、十時近くになつてしまひました。急いで起き、準備して家を出ました。神保町で神田君と待ち合はせてゐたからです。 

出張なのか、特別なご用事なのか、時たま西宮から日歸りでやつてくるので、會つて晝飯を食べて、古本屋もちよいとはのぞき、〆は喫茶店での近況報告です。 

今日は、三省堂地下の放心亭でかきフライ定食をいただき、喫茶店は、ぼくにははじめてのカフェ・デ・プリマベーラでした。ご主人ががんこさうでしたが、知的な雰圍氣があり、讀書には最適とお見受けしました。

 

神田君とは、もう五十年來の友人で、今日話したことは、明學時代の學生紛爭の時に學長だつた和田先生のことでした。先生は、團交のときなど、卵を投げつけられたり、散々な目にあつた方ですけれど、實は淺野順一先生の薫陶を受けた方であつたといふのです。先生が書かれた本をたまたま手に入れたとかで、當時の日記、といふか日誌が記されてあるらしくて、それを見れば、ぼくたちのことも出てくるかも知れないなどと、話は盛り上がりました。まあ、そんな問題ではありませんけれど・・・。五十歳で亡くなられたと聞いて、淺野先生の敎へと學長としての責任との板挾みで、大變苦しんだのではないかと、今になつて思ひます。 

靑學で、その淺野先生の最後の年の講義を受けたぼくとしては、影響されたのか、その敎へに忠實だつたのか、意に染まない道には進まないことを實行してきたのではないかと思ひます。そのために、妻をだいぶ泣かせてきましたけれど、好きなことはできなくても、嫌なことをしないですむ生き方ができたことは惠まれてゐたと思ひます。

 

神田君と別れてから、古書店街を歩きました。いつも見なれてゐる古書店ばかりですが、今日は美術書専門店の前で足がとまり、さうだ、那智の瀧のあの國寶の繪を見たいと思つて、根津美術館の圖録を探しました。ありました。見ました。でも高くて手が出ません。訪ねるしかないと思ひました(註)。 

 

註・・国宝 那智瀧図(なちのたきず) 日本・鎌倉時代 1314世紀 絹本着色 1幅 縦160.7cm58.8cm 熊野三所権現のひとつである飛瀧権現(ひろうごんげん)を表す、垂迹画(すいじゃくが)の名品。上方の岩峰には月輪がかかり、下方には、杉の樹幹が屋根を貫く拝殿、その傍らに大きな卒塔婆(そとうば)が表される。これが弘安4年(1281)、亀山上皇参詣の折に建立された碑伝であれば、本図の制作はそれからまもない時期となる。神体である滝のみを描いた唯一の垂迹画として、また、墨と金泥により岩壁を描写する手法などに中国宋元絵画の影響が看取される風景画として、本図は重要な作例である。 

 

ところが、同じ店の片隅に、良寛の 『良寛自筆歌帖 久賀美』 が目に入り、これは二度と現れないだらうと決めつけて即購入。かうして藏書はふえるばかりですが、ついでに、宇治市源氏物語ミュージアム所藏 『伝土佐光則筆 源氏絵鑑帖』 といふ美しい「繪鑑」を入手。昨秋、源氏物語ミュージアムを訪ねたときにはこんな素晴らしい「繪鑑」があるなんて知りもしませんでしたが、ぺらぺらと見て唸つてしまひました。 

また、讀めない、いや讀まない本を買ひ込んでどうするの」、と叱られさうですが、とまりません。 

 

今日の寫眞・・神田君といつも待ち合はせる三省堂前。それと、神田君の案内ではじめて訪ねた、カフェ・デ・プリマベーラ。その中で自撮りしてしまひました。暗くて落ち着いたいい喫茶店でした。ものの本によると、「神保町の明治大学裏にある、隠れ家的な喫茶店」ださうです。それにしても、ぼくの顔は病的ですね! 明日が通院日でよかつた・・・。 

今日求めた三册。左は帙に入つた 『久賀美 良寛自筆歌帖』 です。「良寛 自筆 書の巨人 完全複製 久賀美(くがみ) 限定 折帖 草仮名」 といふもので、「限定八百部之内 本帖其六五四番。(昭和四十八年二月印刷・發行 別册解説者 安田靫彦 中央公論美術出版)」と 奥書にあります。 

二册目は、宇治市源氏物語ミュージアム所藏 『伝土佐光則筆 源氏絵鑑帖』。宇治市制施行五十周年記念出版のやうです。 

三册目は、渥美國泰著 『大田南畝・蜀山人のすべて―江戸の利巧者 昼と夜、六つの顔を持った男』 (里文出版) 「希代の江戸の利巧者、大田南畝蜀山人への一途な興味から、200年近い歳月を経て現代に辿り着いた貴重な作品類を集めて収録した作品集。それぞれの作品には著者による詳細な解説を付す」 といふ貴重本。これは五〇〇圓。

 以上求めた悠久堂書店は、「1915年(大正4年)当地に店舗を構え2015年に創業100年を迎えました。美術展のカタログ、料理の本、ビジネス書。これに関してはうちが一番。あとは山の本と、動植物の本も多い」 といふ古書店です。