六月廿九日(月)丙子(舊五月十四日 曇り

 

今日は、大事をとつて休息日としました。やはり疲れたのでせう、一日中横になつて本を讀んではうとうとしてゐました。

 

ところで、菅野昭正・編『書物の達人 丸谷才一』(集英社新書)を讀んだことは書きましたが、その第一章、川本三郎さんの「昭和史における丸谷才一」を讀んで、ぼくは目から鱗が落ちました。

その中の、〈戊辰戦争で敗れた側の視点〉の項で觸れてゐる、『秘密』といふ中編小説作品についてです。丸谷さんが山形縣鶴岡市出身であるといふことは、ぼくの祖父と同鄕なので、前にも書いたことがありましたが、その作者が、このやうな、讀み方によつてはたいへん過激な思想を語つてゐたのを、ぼくは改めて知りました。

主人公が、昭和二十年八月に兵隊に取られ、山形の兵舎の前まで來て、門に入るのをためらつて、そのまま逃亡してしてしまふといふ話です。

それで、ぼくは昨夜歸宅後、『秘密』が入つてゐる、『にぎやかな街で』(文春文庫)を探し出し、今日一日かかつて讀みました。それで、う~む、とうなつてしまひました。

後半の、個人にとつて國家とは何かといふ問題と、「西鄕隆盛や長州をめぐる考察」も興味深いものがありましたが、その前に、兵隊に取られてゆく孫である主人公に語る、八十三歳のおばあさんの謎めいた言葉からこの物語がはじまるのです。

 

《「のう、泰彦はんや、ええが、犬死はするでねえぞ。侍は犬死するものでねえすけの。チョウスウのため死んだどて、どもならねすけの」

 八十三歳になる祖母の於雪(おゆき)はこう言った。祖母はきちんと座っている。仕方がないから、孫の網代泰彦もきちんとすわっている。

・・・

於雪はもういちど念を押すようにして言った。

「ええが、チョウスウのため死ぬのはやめれ」

彼は大きくうなずいて答えた。

「はい、よく判っています」

しかし実のことを言うと、泰彦には祖母の鶴岡言葉は半分くらいしか理解できないのである。》

 

かうして、網代泰彦は、入営するために家を出たはいいけれども逃亡し、結局、生き延びたわけですが、しかし、それは結果であつて、彼が逃げながら惱み苦しんだのは、兵役を拒否し、逃亡した、その「自分の行動に理由づけがまったくないということであった」のです。

そこで、個人と國家の關係が問題とされます。しかし、ぼくは、祖母の言葉が、一つの理由づけとして浮かび上がつたのかなと思ひました。

 

《「あっ!」 泰彦が叫んだのは、問題が突然解けたからである。祖母が言った 「チョウスウのため死ぬのはやめれ」 の 「チョウスウ」 とはつまり長州ではないか。長州のため死ぬのはおよし、それは犬死だからと、八十三歳の老婆は出征する孫にさとしたのではないか。戊辰の戦争ときに庄内藩士の幼い娘であった於雪は、その約八十年後、大東亜戦争を、長州とアメリカの戦争として受取っている!》

 

たしかに、「彼は 『チョウスウ』 についての昨夜の発見を手がかりにして自分の徴兵忌避を正当化しようとしていたのである」。

このやうに、於雪の言つた 「チョウスウ」 とは、長州のことであつて、その明治政府の實權を握つた長州がはじめた戰爭で死ぬな、とこういふことなのであります。もちろん、「大東亜戦争」は、昭和の時代の戰爭ですが、その思ひはいつまでも燻つてゐるのですね。「大東亜戦争を、長州とアメリカの戦争として受取っている」人々は、實は、潛在的にたいへん多いのではないでせうか。

 

《近頃の日本の政治家で長州閥というのは、松岡洋右と岸信介くらいのもので、・・・明治政府はたしかに長州のものだったけれども、現在の日本は・・・、むしろ、松岡・岸と並べてみると、二人とも満州に深い関係があるから、日本支配を断念した長州閥が今度は満州を手に入れているといるとも言えるかもしれない。》

 

單純に言へば、このやうにして、満州を手に入れるために引き起こされたのが太平洋戰爭ですから、現總理大臣の祖父、岸信介がA級戰犯とされたのは當然であつて、その孫がまた、日本を戰爭ができる國にしようとしてゐるのです。

ぼくは、軽率に現在の山口縣(長州・チョウスウ)を批判しようとは思ひませんが、今また憲法を無視して、日本を戰爭できる國にしようとしてゐるのが、長州から選出された總理大臣、A級戰犯岸信介の孫である安倍首相であります。そのかつてのチョウスウそのものの首相に、ぼくたち國民は、またまた死ぬやうな目にあはされさうになつてゐると思はざるを得ません。

我が日本はチョウスウのためにあるのではありません。そして、チョウスウのために日本の國を再び滅ぼさないために、ぼくたちは自覺をもつて、「否!」と言はなければならないのであります。

「ええが、チョウスウのため死ぬのはやめれ」 と語つたおばあさんの言葉を、ぼくは今、改めて全國民に、いや、安倍首相を選出した長州人だけは別かも知れない人々に、於雪おばあさんの意志を引き繼いで大聲で叫びたい!

 

今日の寫眞・・夕食後のデザート。それと、菅野昭正・編『書物の達人 丸谷才一』(集英社新書)と丸谷才一著『にぎやかな街で』(文春文庫)。

 


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