十二月十一日(月)壬申(舊十月廿四日 晴

 

今日の讀書・・母が出かけたあと、妻はかたづけもの、ぼくは讀書。先日から、廣川勝美著『深層の天皇』を讀みはじめてゐるのですが、難解です。 

「怨靈におびえる宮都を物語と史実のはざまにみる新しい源氏論」です。怨靈に脅かされる平安京を、平城京と長岡京の歴史を振り返る仕方でながめ、その怨靈がいかに實際に發現したか、その例として、史實を照らしながら、六條御息所とその夫であつた故前坊を通して現れた怨靈によつて、夕顔と葵上が取殺されたかを記して行くのですが、まあ根氣のゐる讀書です。

 

眠くなつてきたら、妻が食事に誘ふので、例の大黒屋に行き、ぼくは貝づくしのにぎりをいただきました。歸りには、妻が赤札堂で買ひ物。その間、ぼくは靑木書店によつて、D・H・ロレンス著『恋愛について』(角川文庫)と、高橋いづみ著『ハートで読む古文』(PHP文庫)を求めました。『恋愛について』は、文化論、教育論、ジェンダー論など實に多く敎へられた本ですが、一〇〇圓だつたので、またあらためて讀んでみようといふ氣になりました。これは、ぼくの血となり肉となつた名著です。 

 

さて、昨日添付した、『西國三十三所御詠歌』 を見た森さんから、次のやうな解答と質問がなされました。□は分からなかつた文字といふことです。

 

「一番 きのくになちさん □□らくやきて うつならば このうみ□□ なちのおやまに ひびくたきかわや」 

 

たいへん正直な森さんです。□は分からなかつたといふのですが、分かつたといふはうも添削しておきませう。はじめに、句點も讀點もなく、濁點はあつたりなかつたり、段落も恣意的(美的?)であることを知つておきませう。 

「一番 きのくになちさん」はいいですね。ただ、「番(ばん)」の字母は、「者」と「无」です。このやうに字母が何であるかを確認しつつ讀むことが、くづし字(變體假名)習得の極意であるさうです。 

はじめの□は、「婦」を字母とする「ふ」、二番目の□は、「多」を字母とする「た」。つまり、「ふたらく(補陀落)や」とはじまります。ここで區切つて、「きてうつならば」ではなく、「て」は正しくは「し(字母は『之』)」です。また、「ら」のやうに見える文字は、「み(字母は漢數字の『三』)」で、「きしうつなみハ(岸うつ波は)」と讀みます。 

次の行がやつかいですね。字母で書いてみませう。 

「三具滿能ゝ」で、「みくまのの(三熊野の)」。「ゝ」は踊り字。「なちのおやまに(那智のお山に)」はいいですね。 

「ひびくたきかわや」は、「ひゝくたきつせ」です。「ゝ」は踊り字。「たきつせ」の「つせ」は、字母では「川世」。この、「川(つ)」はふつう、もつと「つ」に近い形なのですが、ここではいきなり川の字ですから、漢字なのか假名なのかが判別しにくい形です。 

といふことで、通して讀めば。

 

「補陀洛や 岸打つ波は 三熊野の 那智のお山に ひびく瀧津瀨」 

 

意譯・・「補陀洛」とは、「岸打つ波」のはるかかなたの沖に存在するとされた、觀音の住む淨土のことださうで、かつてはこの寺から船出して極樂往生を願つて入水する人が多くゐたさうです。一ノ谷の戰ひに敗れた平維盛が、永遠の旅路にたつたのもこの岸邊からでした(『平家物語』)。それにつけても、熊野の歴史を擔ふ那智の瀧とその急流の響きを聞くにつけ、補陀落への思ひがつのるべなぁ。 

 

森さんは、以前、『一休狂歌問答』 を讀んだときにも關心をお寄せくださりまして、ぼくも張り切り甲斐がありました。なにせ、森さんは八十歳。ぼくより十も上でして、ぼくの旅友であり、人生のよき先輩でもあります。で、失禮も顧みずに書かせていだだいてをります。 

書いたことは、じつは、ぼくも最近敎へられたことばかりです。繰り返しになりますが、くづし字を學ぶコツは、假名(變體假名)の文字のもとの漢字である「字母」が分かること、そしてそれを覺えることなのであります。例へば、「一ばん きのくに なちさん」については、「一者无 幾乃久爾 奈知左无」といふやうに、萬葉假名のやうにもどしてみることです。この文字はこの漢字が字母である、といふことが、まあ、いちいち意識しなくても、分からない文字についてだけでも、その字母が何かを確認してみることが、上達の極意であると、「源氏物語を讀む」の講義で、先生がお敎へくださつたことであります。ですから、「仮名変体表」をつねに手元において讀んでいくことが肝心なのであります。以上、受け賣りでした!

 

さうです。二種類のくづし字御詠歌ですから、くらべて讀むといいですね。字母の異なる假名が使はれてゐるところなど、いい勉強です。

 

今日の御詠歌・・二ばんの解説、二ばん、三ばん、三ばんの解説、(四ばんの解説は宿題)


 

*昨日の宿題、二ばんの解説 

「第二ばん目 なぐさ(名草)郡き三井寺村 補陀落さんき三井寺  本尊十一面觀世音菩薩 御長三尺 開山威光上人御作なり」

 

*第二番札所 

「二ばん きのくに きみゐ寺 ふるさとをはるはる ここにきみゐてら はなのみやこも ちかくなるらん」 

(ふるさとを はるばるここに 紀三井寺 花の都も 近くなるらん)

 

*第三番札所 

「三ばん きにくに こかわてら ちちははのめぐみも ふかきこかハてら ほとけのちかい たのもしきみや・かな」 

(父母の 恵みも深き 粉河寺 ほとけの誓ひ たのもしき身や・哉)

 

意譯:父や母のやうに惠み深い粉河寺よ、觀音さまは、すべての人間をお恵みを下さる、たのもしくも有りがたきことですなぁ。 

 

*三ばんの解説 

 「第三ばん目 なが(那賀)郡こかは寺村 風猛ざんこかは寺  本尊千手觀世音菩薩 御長(たけ)五尺二寸 童なん大士(童男行者=千手観音の化身)御作 開基ハ大とものくしこ(大伴孔子古)氏也」   

 

今日の寫眞・・廣川勝美著『深層の天皇』と、大黒屋の貝づくし。